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童話/民話/ショートストーリー

  




 黒浜沼の河童


 五 行ってしまったものたち
長い明治時代が終り短かい大正時代が終わり激動の昭和時代が
ありました。
沼の上に見たことのない大きな爆撃機が影を落し東京は火の海に
なり戦争が終わりました。
それでも黒浜沼は上沼にも下沼にも季節になると昔通り蓮が咲き乱れ、
夏は蛍が飛び交いました。
夫婦の河童は村人から次第に忘れられながら生きていました。
村の人たちが河童を忘れていったのは機械が発達し旱魃の時でも
エンジンポンプで水を汲み上げ田植も稲刈りも機械化して河童が
手伝うことがなくなったこと。
そして人々の心のなかに河童が存在しなくなったからです。

















 骨の折れる草取りが無くなり農薬が散布され、家庭から毒物を含んだ汚水が流れ始めると沼の水は急に汚染し始めました。底の泥が汚れダボハゼガいなくなりました。水面からメダカが姿を消していきました。汚れた泥の中に咲くといわれた蓮も上沼から減り始めました。遅い月が沼の上に鈍い光りを放っている夜中のことでした。上沼の蓮の上で二匹の河童が話していました。
「随分とあたりが変わってしまったなあ。あと五、六年もたつと蓮も一本も無くなってしまうのだろうね」
「沼は汚れるし、人間はみんな忙しそうだし何だか別世界ね。荒川も変わっているかしら」
「このまえ、飛んできた水鳥に聞いたら川も同じなんだって、ゴミが一面に散らばっていてシジミもウグイもいなくなり鯉や鮒はいるけど半分病気なんだそうだよ」
「大勢の河童達は何処かへ行ってしまったのかしら」 水々しかったあかねの手にしわがよっていました。
「可哀想に、お前も年をとったね。トコが居なくなってから少し年をとり、ここ数年又めっきり年をとってしまって」
「貴方も年をとったわ。でも、今でも優しい人で嬉しいわ…」
「水神さまは今もいるんだろうね」
「人間になったトコはどんな一生を送ったのかしらね。もう一度笛を吹いて聞かせて」 与太郎が葦で作った笛を口にあて静かに吹き始めました。
「みんな昨日のことみたい」 あかねが与太郎の胸に顔を埋めました。沼の面に笛の音が響き月の光りの中にふたりの影が次第に薄れていきました。

























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