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童話/民話/ショートストーリー

  




 黒浜沼の河童


 四 河童の赤ちゃん
河童は殺されたり自殺したりしないかぎり普通死ぬことがありません。
したがって子供もたまにしか生れません。
子供が生れるのは親がいなくなるから生まれるものです。
寿命の短かい生物ほど、ほかの生き物に食われる生き物ほど沢山子供が
生まれる仕組みになっています。
蛙や魚達がそうです。
生きているとたまに嬉しいことがあるのでそれを子孫にも伝えたいため
なのか、自分のはかない夢を気の遠くなるような未来に託すためなのか
はよくわかりません。







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河童の世界には暦がないので河童には年令がありません。性別は生れたときからそうなっているのでどうしようもないのですが、河童の世界に大人や年寄りがいるのは本人がそう思うのでそうなっているだけなのです。河童の部族に赤ん坊が生れるのは極めて稀なことです。あかねに男の子が生まれました。どこの河童族にしてもたまに赤ん坊が生れると部族中が沸き返りお祭りをする習わしです。まさかの出来事に二人は大喜びしました。ふたりだけで充分楽しい暮しなのでしたが子供ができてみると、毎日がいっそう楽しくてなりませんでした。あかねは赤ん坊にトコと名ずけました。
 ※河童なので人間の役所には届けませんでしたがフルネ-ムは[黒沼の豊彦]です。
「トコはなんて可愛いんでしょう」
「あかねばかり抱いていないで俺にも抱かせろ」
ふたりで代わるがわる抱いては、いちいちトコの仕草を笑っていました。赤ん坊は掌に乗るくらいの大きさで、悪戯ナマズに追いかけられないよう、尖った菱の実をそのまま食べないよう気を配り、与太郎はトコを甲羅に載せて沼のあちこちを泳ぎました。
「面白いね。はやく大きくなるといいね」
「なんて可愛いんでしょう。このまま大きくなんなくてもいいわ」
 二人はトコを蓮の葉の上に載せて一日見ていても飽きませんでした。
たちまち一年たち二年の月日が過ぎました。二人は子供が幸福になることばかりを考えていました。
あるとき与太郎がいいました。
「俺、ずうっ-考えていたんだがな。このままで俺達はいいけど、大きくなったらあかねみたいないいお嫁さんがくるといいのにトコは此処にいては何時までも独りものだよ」
「だったらあの荒川に置いてくるの。そんなの絶対反対よ」
「水神さんに頼んで人間の子にして貰おうか、私達はこの小さな沼のなかで一生くらしてもいいけど、トコにとってはどんなものだろう」
「嫌、そんなの絶対に嫌。それに水神さまがそんなことしてくれるはずがないわ」
ふたりは初めて言い争いをしました。
ある日、ふたりは沼の側のお堂のまえでお祈りをしました。
「トコが一番幸せなことをして上げたいのですが、トコはこのままだとどうなりますか」
「お前達と何時までも幸福に暮すだろう」
「人間になるとどうなるでしょう」
「賢い優しい子なので偉い坊さんになって人間の為に沢山のいいことをするだろう、そして全ての生き物に対して慈悲を説く人になるであろう。でもお前達のことは忘れてしまうよ」
「それは我慢します。トコさえ立派になってくれればいいのです」
「では親切な家の子にして上げよう」

 翌日、お堂のまえに乾いた藻に包まれて泣いている人間の赤ん坊を近くの子どもに恵まれない夫婦が見付けました。
「これはきっと神様が子供のない私たちに授けてくれたに違いない」
と喜んで抱いていきました。あかねはそれから毎日泣いていましたがトコが立派になるのだから仕方がないだろう」 与太郎はあかねを慰めました。
そんなある日沼に事件が起こりました。庄家のうちの五才の一人娘のしのが沼に足を滑らせたのです。
「助けて!」という声で近くの田で働いていたごんすけが駆け付けると二匹の河童のなかに潜るのを見ました。しのは体半分水に入っていたので急いで手をひいて岡に引上げまた。しのはかなり水を飲んでたことと、ショックでぐったりしていました。助けあげたごんすけは河童がしの込んだと勘違いしました。水を吐かせたしのを背負い庄家につれていき、大袈裟に話ました。 「おらが、気がつくのが少し遅れたら大事になるところでやんした。
河童の奴めがしのさんの足を引いて引きずり込もうとしてたで、竹ん棒をもってどやしつけてやると、やっと手を離して。ありゃ、とんだ悪河童ですぜ」
「そうか、よくぞ助けくれた。悪いことはしねえというから、ここんとこ安心してたが、所詮河童は河童だ。本性を出したに違げえねえ。これから行ってこらしめてやる手の空いているものはできるだけきてれ庄家やは二十人ばかりの小作人を集めると、田船に乗って
「出てこい、この性悪河童め」
と竹の先を尖らせた棒で沼中を突きまわしました。一時間ばかりたって正気に戻ったしのから
「蓮の実を取ろうとして、沼の深みにはまってしまったの。二匹の河童さんが泳いできて岡迄押しあげてくれたんだけど、ごんすけおじさんが怒鳴りながら来たので河童さん驚いて潜ってしまったの」
庄家のおかみさんはたどたどしく話す娘の話しを聞いて
「こりあ、えらいことだ。ごんすけの話しを鵜呑みにしておっ父が大勢して河童退治にいったところだで、早いところ止めさせなければ」 おかみさんが息を切らせて沼にたどり着き
「止めろ、ごんすけの勘違いだ、河童はしのを助けてくれたんだぞ」 おかみさんが叫んだときは少し遅すぎました。
「手ごたえが確かにあった。もう少しで浮き上がってくるぞ」 竹槍の幾つかが与太郎の体を傷付けたあとでした。日が暮れて沼に静寂が戻りました。その夜は満月でした。背中と腕に傷を負った与太郎をあかねが薬草の搾り汁をつけて看病していました。 
「大丈夫?」
「うん、痛いけど我慢できるよ」
 与太郎は体の傷の痛みよりも深い心の傷に放心していました。誤解は解けたとはいえ、
与太郎を襲ったときの憎悪に満ちた村人の言動を忘れることはできませんでした。短い時間の間とはいえ信頼していた人々がみんな別人のようになってしまったのです。 与太郎のまわりにいつのまにかいろいろな沼の生き物が集まっていました。みんな与太郎の怪我を心配している様子でした。蓮の葉っぱの上には蛙が数匹乗っていました。大きな鯉が何匹も泳いでいました沼の主と言われている二尺もあるなまずまで水面まで顔を出していました。
「俺、何で河童なんだろうかな」 与太郎が突然呟きました。
「そういえば俺も何でなまずなんだろうな」 なまずがいいました。月の光りが水面でキラキラ光っていました。
「そんな事考えた事なかったけど俺達も何で蛙なんだろう」
蛙が呟きました。水すましだけが黙って水面に小さな輪や大きな輪を描いていました。黙って見ていたあかねが言いました。
「私だけのことなら分かるわ、私が河童なのは貴方に出逢うためなの」
「ふう-ん。俺にもそういう人何処かにいたらなあ」 一匹の蛙が隣の葉っぱに座っている雌の蛙を見て言うと雌の蛙はそっぽを向きました。 昼間の騒ぎが嘘のように静かな夜でした。遠くの森だけが黒々と影を作って雲一つ無い月の夜でした。




























































































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