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童話/民話/ショートストーリー

  




 黒浜沼の河童


 三 荒川河童の襲撃
旱魃の夏を無事過ごした沼の部落は一そう与太郎河童夫婦に好感を
もった。
それまでは愛すべき河童夫婦とは思いながらも害をしないのをいい
ことにして 、まんじゅうやだんごのなかに小石を入れた
り、河童だから少しくらい腐っていても大丈夫だんべ、という
気安すさから悪戯をするものもいたが、あれはひょっとして水神様の
お使いかもしんねえぞということに変わっていた。
幸せな日々が与太郎河童夫婦の上に続いたある夜のことであった。







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蓮の花が満開の月夜でした「与太郎さんは私と違って身分の高い方で本当だったら、何処に行くにも大勢の家来がいて威張っていられたのに、いくら月日がたっても家来が私ひとりじゃ時々つまらなくならないの」
「えっ、あかねは家来なの?半分以上俺のほうが家来みたいだけどな。おれそんなこと全然思わないよ。大勢の前で話したり、挨拶したり、いつも前に座ったりすることなんて全然嬉しいと思ったことないものね。村の人はいい人ばかりだし、あかねはいるし、このままで十分すぎるよ。それよりあかねこそ、おれについて来なけばうんと贅沢できたのに」
「あたしも十分幸せよ、このままで百年でも千年でもいたいわ」あかねがそういったときでした。沼の向こうから稲がザワザワと音をたて、恐ろしい気配が近づいてくるのを感じました。幸な日々のなかで二人が心の隅みで恐れていたこと。それは逃げたあかねを荒川河童が取り返しにやって来やしないかということで、百匹以上の戦闘河童が沼を取り囲んでいるのがわかりました。 忘れもしない恐ろしい与二郎河童の声です。
「与太郎、出て来い。逃げられはせんのだ。あかねを盗みだすとは呆れたやつだ。覚悟はいいな」
長老の声です。
 二人は震えながら沼の側のお堂に逃げました。長老河童を先頭に大勢の河童が十メ−トルくらいに迫ってきました。
「水神様っ」
 ふたりが叫んだときでした。お堂の中から眩しい光りがさしあたり一面真昼のように明るくなりました。
「私の息子と娘に何をしようとするのだ」
それは河童族が守護神としている水神の声でした。長老河童や荒川河童が何百年も祭りを捧げていても誰も一度も見てもいなし聞いてもいない水神の声でした。
「二人をこの沼において全員川に帰るのだ。よいか」
地鳴りのような水神の声に怖いもの知らずの長老も与二郎も与三郎も体の震えが止まりませんでした。河童達が立ち去ったあと眩しい光りは吸い込まれるようにお堂のなかに消えていきました。
「何時までも仲睦じく暮すがよい」
それは長老河童達を震え上らせた恐ろしい声ではなく慈愛に満ちた声でした。

































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